大阪府富田林市で自らの整骨院を開業して12年。いつき総研のレセプトコンピュータ『Feel』をご愛顧いただいている山本新先生は“整骨院の院長先生”でありながら、吉本興業所属「新先生」という“芸人”としても活躍中!!
開業時から山本先生の整骨院を担当している、いつき総研の営業 豊饒とインタビューアが訪問し、全く異なる業界で奮闘中の山本先生にお話をお聞かせ頂きました!!
前職からのおつきあいで、出会いから10年以上!!
いつき総研との出会いは?
山本先生:前の職場でいつき総研と取引があったのが縁ですね。いつも窓口として来てくれていたのが豊饒さんで、色々助けて貰ってました。
当時の担当(豊饒)の印象はどうでしたか?
先生:当時はスタッフとして勤めていたので、上司がいて上司への対応をみていたんですけど、その時の対応力が凄い。年齢が近いのにしっかりしていて。同世代でこんなにしっかりしてる人がおんねんな、と思ったのを覚えています。
豊饒:山本先生とは以前の職場で出会って。当時、先生が24歳で私が23歳とかでしたよね。
山本先生:そうそう。20代前半でこんなやつがおんのか、と(笑)
そのまま、先生ご自身の開業のときにもご用命いただけたんですね。
山本先生:他で、とは考えなかったですね。色々、ほんとにお世話になっていたので。
開業のときも本当に。
自身の整骨院を経営しながら“お笑い芸人”へのチャレンジ
お笑い芸人としても活動されているとお伺いしたのですが?
豊饒:ある日、先生から電話があって「今、NSCにいってんねん」って
山本先生:あ、行き始めてからでしたっけ?(笑)
お笑い芸人を目指されたきっかけは何だったんですか?
山本先生:きっかけは色々あって、いろんな事が合わさって「やってみよ」ってなったんなんですけど、、、
整骨院とかって自分の院をPRする方法って色々考えると思うんですけど、僕の場合は自分の院をアピールするよりも、「整骨院ってこんなとこなんだよ」っていうのを周知して貰いたいと思って。
そのために、自分のPR方法として、メディアとかにもでれて舞台でもできて、「お笑い芸人」っていうのが良いんじゃないかと。
豊饒:ふつうはそこで「芸人」ってならないですよね
山本先生:そう。でも僕はそうなった(笑)
芸人だったら、テレビとかだけでなくどこででも出来るし。
実際に、コンビとしても、ピンとしても活動してますけど、整骨院ネタをやってて。
「新先生」って芸名で活動しています。
芸人として活動することで、地域の人たちにも知ってもらえるようになって。「昨日のテレビみたよ」とか、言ってもらえて。テレビとかにも出てる人ってことで、安心感にも繋がっているみたいですね。来やすくなったって。いままで来られなかった方も、気軽に来院してくれるようになりましたね。
お笑い芸人としても活動していく苦労もあるのでは?
山本先生:休みがなくなった(笑)
週末芸人みたいな感じですからね。でも、「やってるぞ」って感じはして、充実してます。
整骨院院長として、お笑い芸人として今後の豊富は?
山本先生:さっきの話に繋がりますけど、整骨院ってどんなとこ?って思っている人たちにお笑いを通じて、「整骨院ってこんなとこなんだよ」っていうのを周知頂きたい。この業界を盛り上げていきたい、と思っています。
また、笑いを通じて、健康の重要性とかも広めていきたい。
芸人としては、賞を取りたいとか、何かの大会で優勝したい、とかはなくて。
ほそぼぞテレビとか舞台にでれたら(笑)
“整骨院の院長先生”と“お笑い芸人”
2足の草鞋で奮闘中の山本先生。
ますますの活躍を期待しております!!